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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(あ)2640号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人長崎祐三、同青柳五郎の上告趣意第一点について。

記録によると、一審は同判決判示第二事実に該当する盗掘の公訴事実につき審理し、昭和三一年六月一日の第四回公判期日において、検察官は、被告人が鉱業権者である岡崎共同株式会社との間に、租鉱権設定の私契約を締結していたものであるが、所轄官庁にはこれが届出をしていないものであるから正当な租鉱権を有して採掘していたものでないことは明らかである。また被告人は契約鉱区外にも侵掘しており、かつ所轄官庁の施業案の認可も受けずして採掘していたものであって…との趣旨の意見を開陳し、その後同年七月一九日に同判決判示第一事実に該当する過失侵掘の事件について追起訴のあったことが認められる。そして、論旨は、一審裁判官は右追起訴の事実につき該追起訴前にその内容を予め知ったのであるから、一審裁判所は予断を抱く裁判所であって、一審判決を支持した原判決は、憲法三七条一項に違反するというにある。しかし、一審裁判官が追起訴前の公判審理により追起訴事件の内容に関し知識を得たとしても、そのこと自体により裁判官は追起訴事件の審判の職務の執行から除斥されるものでないことは、刑訴二〇条各号の規定から明らかであるとともに、一審裁判官が追起訴前の公判審理により追起訴事件の内容につき多少の知識を有したとしても、その一事によって直ちに不公平な裁判をする虞があるものとなし難く、従ってその一事をもってたやすく忌避の理由があったものとすることはできない(本件において検察官はもとより被告人または弁護人から忌避の申立がなされていない)ことは、当裁判所の判例(昭和二八年(あ)第二三九二号、同年一〇月六日第三小法廷判決、刑集七巻一〇号一八八八頁参照)の趣旨とするところである。そして、判決裁判所の裁判官がその職務の執行から除斥されずかつ忌避の理由もない場合には、その裁判官のした審理判決を目して憲法三七条一項にいわゆる公平な裁判所の裁判でないということのできないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二四年新(れ)第一〇四号、同二五年四月一二日大法廷判決、刑集四巻四号五三五頁)の示すところであるから、所論憲法三七条一項違反の主張は採用できない。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、原判決には大審院判例に反した違法があるというにある。しかし、鉱業法一九一条二項の過失侵掘罪の個数は、過失による鉱区外または租鉱区外の侵掘行為の個数により定まるものであることは、当裁判所の判例(昭和二八年(あ)第九八号、同年一〇月八日第一小法廷決定、刑集七巻一〇号一八九九頁)の示すところであり、また右過失侵掘罪と同条一項一号の鉱業権または租鉱権によらない掘採の罪とは構成要件を異にする各別個の犯罪であるから、被告人の各所為をすべて併合罪として処断した一審判決を支持した原判決は正当である。論旨引用の大審院判例は本件に適切でない。

同第三点について。

論旨は、一般炭鉱業者間には租鉱権の認可申請さえすれば該認可前においても採掘することが許されている一般慣例があり、これを認めなかった原判決には事実誤認ないし法令違反の違法があるというにある。しかし、鉱業法の規定によると、租鉱権の設定は鉱業原簿に登録しなければその効力を生じないものであり(同法八五条)、さらに鉱業権または租鉱権によらないで鉱物を掘採した者に対しては罰則(同法一九一条一項一号)が設けられているのであるから、かかる同法明文の規定に正面から違背する慣例を認めることができない。また、原判決が登録認可前における採炭の一般慣例が存する事実を肯認すべき確証は存しないと認定したことについては、所論事実誤認ないし法令違反を認めることができない。論旨は理由がない。

また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋潔 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一)

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